Works / 活動紹介

春、一夜にして

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構成・演出:勅使川原三郎

出演:勅使川原三郎、佐東利穂子、川村美恵、ジイフ、鰐川枝里
照明技術:清水裕樹(ハロ)
音響技術:三森啓弘(サウンドマン)
上演時間:60分

初演:2013年3月4日 東京・両国 シアターX (カイ)

主催: KARAS
連携:シアターX (カイ)
公演記録:
2013年6月 東京・両国 シアターX (カイ)

「春、一夜にして」ヘ向かいながら
 私はある作品の制作用意をしている。ブルーノ・シュルツの短編「春」を基盤に
おいて、「静かな舞台」公演ができないものかと画策した。そこにはいくらかの
「台詞や言葉」が聴かれるかもしれないが、音楽は響いてこないはずだし、様々な
照明効果もないだろう。決して演劇とは呼べないかもしれないが、踊ることが目的
ではない身体劇場を作りたいと思っている。
 ところでシュルツの「春」は、複雑で奇妙なとても魅惑的なテキストである。各
ページに広げられた文字群のなかに描かれている状況や情景の細部に、私は激しく
魅了された。言葉によって描写された物質の息づかいや匂い、空気中に揺れる物質
と非物質、そして消えかかる人間たち。失いつづける生命と共に生きる人形身体の
存在法は、私にそれらとの同化を強いる。私は日々昆虫群を踏み潰すように、まと
わりつく政治性を排除しようとしてもいる。何も起こりえない季節はないものだろ
うか。登場する人物たちは、たとえ光を受けても正確にその影をつくるものはいな
いかのようだ。彼らは物語にしか存在し得ない身体しか有していないからだ。正確
に事を起こしたり起らないようにできない機械。それが春という季節ではないか。
制御不能な速度変化が独得の匂いを漂わせる春、必ずひとりが死ぬ。
ー勅使川原三郎
ギャラリー
レビュー(抜粋)
月刊 シアターX(カイ)批評通信 2013年4月
ベアータ・コヴァルチック氏(ワルシャワ大学、社会学部博士課程)
音楽の代わりに、想像的な視線を拡大させる、あるいは春の潜在的な生命力を発揮させるポーランド作家、ブルーノ・シュルツの短編「春」の霊感によって勅使川原が紡いだ言葉が響いて。。。
 今回、勅使川原三郎によって監督、上演された『春、一夜にして』のダンスパフォーマンスは、まさに「モノ」の消滅と誕生という二項対立を統合させる変態の季節をテーマとする短編「春」をもとに作られている。
舞台を支配する緊張感は、主として静寂の中で凍りついた白い衣装の女と、女を崇拝する機械的な踊りをする黒い衣装の男の間に構築されている。この二人の奇妙な関係に、人形のような三人のダンサーの踊りが注釈を加える。舞台上に漂う感情は、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に近いまでに猛烈である。だが、勅使川原はストラヴィンスキーと違い、抑制された身体的な表現をシュルツの言葉に対峙させることによって同様の効果を達成している。「春」の踊りと演劇は身体劇場へと変態する。
ダンスマガジン 2013年6月号   石井達朗氏
言葉がかもすイメージを排除せず、むしろそれを身体の情景に還元しながら、勅使川原が招き寄せる世界は鮮烈だ。。