「去年」
男は女に確かに去年の同じ時期に会ったのだ。あなたは
覚えているはずだ、なぜあなたは無視するのかと問いつ
める。女は拒絶しつづけるが、、。
多くの物語や音楽に深く入り込むと、若さの無垢と不可
視の予兆の中にある絶望感の痛みを感じることがあるが、
それらは生きる者の不安から導かれているように見えて
くる、聴こえてくる。
「若さと不安」、今の私自身が対面したいものである。
壊れそうに同時に激しく対を成した「若さと不安」こん
なに美しく輝くものはない。
「去年」という作品は、私が正に「若さと不安」の真っ
只中に在った時に初めて見た映画からの影響によって作
品を作ろうと考えた。「老いと不安」ではない、今の私
がもつ「若さ」による不安を、迷いを力にしてダンスを
つくろう考えた。映画に登場する男女は虚無的で生気の
無い存在だが、私が出現させたいのは生き生きした「迷い」
だ。その現実から飛び立ったような特権的存在が今の時、
「去年」の中に湧き上がる。今の時代の迷いを強く生き
る力を見いだしたいのだ。去年とは一年前のことではな
いのだ。何百何千何万の時の重なりの裏側にいまだにあ
るのかもしれない。
原作の台本や映画に似通ったものや複製を用意するつも
りは毛頭ない。
かの時この時、我生く。
勅使川原三郎
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