2017年8月27日

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本日は「月に吠える」の4日目の公演です。
すでに行われた3回の公演での成果は、ご来場くださった観客の
方々と共有できる確かな手応えのあるものだったと、
私は公演直後の今実感しています。
詩の内容は、朔太郎自身が「詩は文字では書ききれない」と言う
ように、ダンス作品にとっても決して詩の文体の中に都合よく
納まるものでも留まるものでもありません。
言葉の意味の遥かかなたにさえ飛んでいき、そしてまた私たち
の身体のある、ここに戻ってくるだけの生きる人間に直接投げか
けられる力を受けとることができます。
屈折した人間の葛藤、その終りのない困難さが教えてくれるのは、
自己を信じよ、自己を恐れよ、加えて他者をもっと疑えと、
しかしその先は他者をいかに信じ、自己により大きな興味を持てと
いう精神の領域に向かうことです。
私が迷う時、自分を失っているのか、自分をどこかに置き忘れている。
そして他者がその在処を教えてくれる。私たちは忘却によって結ばれている。
創作し上演を重ねる理由は、作品からはみだしてしまっている内容
から明らかにしたいものを晴天の下と月下に表わすためです。
私は公演をつづけるにあたり以下のように思っています。
身体の中に詩が侵入し、違和感さえ力に変えて、ダンスが出来ること。
それがいかに幸運な出会いであるかを思います。
「私は詩を思ふと、烈しい人間のなやみとそのよろこびとをかんずる。」
この朔太郎が記した詩集の序文の言葉は、私たちのダンスへの思いと
一致します。
詩人萩原朔太郎さんに感謝して今日の公演に臨みます。                       
                         勅使川原三郎
                       [メールマガジンNo.887より]

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