ペトルーシュカ」の2日目でした。
初日から少し、いや大胆に踊り方を変えたところがありました。
照明も含めて初日と全体構成は変えないのですが、
動きの質に変化を与えました。
旧来の古典的「ペトルーシュカ」とは異なった内容になっていると
言えますが、苦悩や絶望がどうしようもなく身体化して皮膚から肉から
切り離せられない人間そのものを人形の姿にして表わすことのアイロニーに
焦点を当てようと私は思いました。
これは私にとって実に興味深いテーマです。
そして美というものを感じられるのは、「絶望の眼球」に映し出される
現象や物質、そして生き動く物が、私たちに向かって極限なる
不可解な動作(時にあまりに当たり前の)によって通常の理解を超えた
「美しい」を投げつけるからではないでしょうか。
私は「絶望」を不快ではあるが醜いものではないと考えます。
ここにアイロニーが有する不快感が解放する身体がある。
再構成された音楽は、より不安定な平衡感覚を増長させ、未だ見ぬ物を
視界に捕らえさせてくれる手助けをする。
ストラヴィンスキーの音楽こそ「ペトルーシュカ」です。
私が生きる細い一本の綱の上では、その音楽が良く聴こえてきます。
例えていうなら、私にとって「ペトルーシュカ」は、一本の綱の上で
あらゆる高度方角に動き踊ることであります。公演後の話の時、
私はうれしくて思わず笑いがこみ上げてくるのを感じました。
今日は3日目の「ペトルーシュカ」です。どうぞご来場ください。勅使川原三郎
[メールマガジンNo.816より]