レマン湖を見下ろす、森の中にひっそりと建つ巨大な
木造建築のコンサートホール「グランジ オ ラック」
内部全てが木の地肌のままで美しい
今、私はフランスのエヴィアンという
レマン湖畔の避暑地に来ています。
毎夏開かれている音楽祭に参加するためです。
クラシック音楽のフェスティバルで、私と佐東利穂子、そして
友人の2人のダンサー(キアラとヤンという、この数年に創作した
私の振付グループ作品で踊った、とても優秀)4人が踊ります。
ダリウス ミヨー作曲の「世界の創造」とモーリス ラヴェル作曲の
「クープランの墓」の2つのオーケストラ曲で、
私の勝手な言い方ですが、とても20世紀的なモダニズムと
バロックとが交錯するような曲構成で、
普段はあまり私には馴染みのない音楽なので、
興味深く面白くリハーサルをしています。
公演が行われる劇場「グランジ オ ラック」は、
建物全体が全て木造で巨大な美しい山小屋のようなホールで、その
質素であり大規模で大胆なホールデザインに、私は驚かされました。
音楽文化の伝統と言っては簡単な表現になりますが、
ステージ真上高くに吊られた
3本のメタルのトラス(照明を吊るパイプ)と天井の反響板以外は
全てが木で作られている建物の内部と外部から湧き上がる雰囲気が、
音楽という時代を超える柔らかい芸術を大切にしようとする精神を
表しているようです。運営しているスタッフは
皆せいぜい30歳代の若者で、全体が柔軟性に富んだ楽しさが
溢れています。音楽が好きだという率直な人々で、
記録映像を撮るスタッフも私の創作を見ていて、
とても積極的に仕事をしています。
彼が言うには、エクサン プロヴァンス オペラフェスティバル
世界初演の「エイシスとガラテア」(ヘンリー パーセル作曲)は
いままで見たオペラの中でも最も好きなほど強く印象的だったと言い、
それ以前にも「鏡と音楽」をパリで見ていて、私の芸術に理解があり、
今回の撮影に対しても様々な工夫をすでに考えているようでした。
こういう対応や反応は、日本の現状には
無くなってしまったのでしょうか。以前はテレビで言えばNHKの
撮影スタッフには、とても熱心な方々がいて、
ディレクターから技術までベテランも若手も皆さん情熱的で
芸術を愛する素敵な人たちで、楽しく仕事をさせてもらいましたが、
最近は方針が変わったようで冷ややかなようです。
話が随分横道にそれましたが、こちらに来て、
なぜか日本の現状を顧みる時を過ごしてもいます。
地理的に離れてみると時間的にも離れて思い起こすこともあるのだと、
今、私は実感とともに残念な気持ちでもあります。
若い世代に、より良い試みの機会を与える
本当に成長した大人がいなければならない。
しかし日本には成長していない子供のような中年世代が、
仕事をきちんとしているのかと疑問を持たざるを得ません。
いままで何を思考し、次世代に何を伝えて来たのか、
自問自答しているのか、私はそんなことをつい考えてしまいます。
それに反して東京、荻窪のカラス アパラタスでの
最高に充実した日々もついこの前ですが、素晴らしい公演、
日に日に増えていく観客の方々、集中した公演中の雰囲気、
公演後に直接お会いする観客の方々の笑顔、そして考える顔、
なんと素晴らしい本当の時間でしょうか、
用意されて作られた表情ではない、その時の率直な表情、
おべっかや気取りのない出会い、これがアパラタスの良さだと
私は思います。荻窪、アパラタスにある活き活きした質素な力を
私たちは誇りに思います。
フランス、エヴィアンにて。
2016/7/5 勅使川原三郎
佐東利穂子
[メールマガジンNo.476より]