パリ、シャンゼリゼ劇場の「鏡と音楽」の公演の後、ヨーロッパを
ツアー中にパリでのテロを知りました。多くの市民が命を落とした、
この悲惨な連続テロは普通の生活をしている人々を虐殺することが
目的だった。こんなテロがあってはならない。
しかしこのような暴力が各地で起こりうるのが現在の世界の情勢だ
ということも理解しなければならない。この社会、この世界はこれ
ほど混乱している。同行した私たちのフランスの友人や仕事仲間たち
とこの惨殺について話しましたが、フランスやヨーロッパの市民生活
の根底に潜む隠れた不安や危険は、宗教問題以外にも様々な理由が
あるようです。
私たち日本人には知らない、わからない歴史や状況があり、彼らにも
どうしたら良いのか苦慮する現実に困りきっているという印象でした。
しかし私がのん気に私たちには理解できないことと言って現実を無視し
てはならないとも強く感じました。それは政治的運動を起こそうなどと
私は決して言いません。
私ができることは身体と美術を用いた芸術です。表現です。
それに自分の力を全て注ぎ、美と精神が結びつけることを表わすことです。
私はそれが無意味だとは思いません。平穏やうれしさ、人生に静けさを
求め美しいものを他者と共有することを決して諦めないことです。その
ためには努力しなければ得られないことは、私はすでに知っています。
私には解決策など持ち得ませんが、日々の稽古、日々の思考や試みの積み
重ねは、平穏やうれしさを得るためです。無力な私ができることは日々の
積み重ねでしか得られないような些細なことです。
そのことを、自信を持って言いたいのです。だれでも、それならできそう
だというその人に合ったことをするしかないのですから。
ハンガリーからフランスへ移動する時に少し心配した空港や街の安全は
確保されていました。テロに関する情報が1日24時間止めどもなく
発信され、今後の危険を注意するような内容が多いようです。
単なる不安ではなく危険は常にうごめき動き回っているのです。
何が本当の情報かもきちんと判断しなければ過度に惑わされもするでしょう。
ご存知のように劇場公演やコンサート、公共の催しは中止でした。
パリでなくリヨンでも劇場の公演の多くがキャンセルと聞きました。
そういう不安定な社会状況のフランス、その南西にある小さな街ポウ、
ここでの公演は実施されました。約3年前にイタリアで創作した作品
「エクリプス」を公演しました。公演後、私たちはこの作品が、難しい
状況のフランスで公演できたことがうれしかったです。
一人の観客が楽屋を訪れて、上手に言葉で言えないという風に身振り
を交えながら、今の私はこれが必要だった、美しい作品でした、
ありがとうと思いを話してくれたのもうれしかったです。私は、公演して
良かったとつくづく思いました。「芸術家は作品を作りつづけて発表する
ことが仕事なのだ」、そう自分に言い聞かせました。
「その時は何らかの責任も負わなければならない」ともこだまのように
聞こえてきました。
2015/11/20 勅使川原三郎
[メールマガジンNo.250より]