鏡と音楽 - Mirror and Music -

公演パンフレットより
稽古断章「鏡が音楽に映る」遠く望む星AT氏へ

作品について
by 勅使川原三郎

道端、ふと犬とぼくの眼が合う。
数秒間合わせた視線はどちらからともなく軽くはずして、別々の方角に歩きはじめた-------、

ぼくは、その数秒の「瞬間」を「無限の3秒間」として記憶している。

無限性、身体がもつそれは座禅によって得られるという方法をぼくはとらない。
むしろ身体を動かし、その動きの中に感じ取る。
いや、それだけでは不充分で、偶然に犬と合わせた眼のように、微かな気配のごとく動く物と奇跡的に「一致する時」を共有する事で感じられるように思われる。

音楽がぼくに与えてくれて、ぼくがそれを受け取リたく思うのは、いつまでもつづいてほしいという願いがあるからだ。とどまらずに広がりつづける、時間の枠をもつ音楽に感じる時間のゆるやかな解放である。その密やかな願いは、決しておおらかなものとは言えず、激しい、生命の必死な葛藤が生み出すものであって、息苦しいほど辛い解放なのかもしれない。

それでもぼくは身体がもつ痛みと心地よさを現実のものとして、表現へ立ち向かえるのだ。

なぜならここに気持ちと考えと行動を共にしてくれる仲間がいるからだ。彼らの献身が地平線で、飛び立とうとする挑戦が太陽だ。感謝の言葉に代え、ぼくの激しく困難な要求が延々とつづく日々。喜び。ぼくらは様々な事実によって気づかされ、考え、無限への企みを隠さず、ある時は毒づき、ある時は酸素欠乏直後、爆発する笑顔を「また明日」という言葉に変えて稽古場から這い出る。

湧き立つ日々、沸騰したぼくらの夏、そして危機や亀裂から漏れる、いや溢れ出る大いなる喜びの秋。
ぼくらの秋。微かな風にゆれる草、それとも音楽。