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KARAS

karas1985年、勅使川原三郎と宮田佳を中心に「KARAS」は結成された。それは[New Form Of Beauty]「美の新しい形」を求めて活動は開始された。ダンスをダンスのみならず、美術、音楽、意識方法、歴史観、等簡単にはいい表わせない。考えうるあらゆる事柄をVirgin Prunes的ロックを通して思考しはじめた。70年代から80年代前半にかけてダンスの状況は、勅使川原の求めるものと大きな隔たりがあった。つまり、そこには自由が感じられなかったのである。.ご存じと思うがダンスの中には種類別によりジャンル分けされていて、クラシックバレエ、モダンダンス、舞踏、ポストモダンダンス、さらに何何派と称して様々な壁をつくることでその独自性を示そうとしていた。その風景は、まるで古典芸能のしきたりのようである。勅使川原三郎の求めるダンスとは自由であった故に、ダンスをつくろう、発見しようとしている人々のまわりにあるうさん臭い壁が不自由に感じられたのであろう。ある意味ではこのように言ってもよいのではないだろうか。「ダンスの自由とはダンサーの自由だ。」それはダンスだけの問題ではない。この国で芸術活動を続けることは、外面上は穏やかな表情の下に隠れた保守的な社会心理的規制にたちむかうことになる。

「なんでもいいだろ、ダンスはダンスじゃないか。」 つまり「KARAS」はこう思うのである。芸術は保守的に停滞してはならない。何かを発見したいのである。従来の歴史上、既成事実から与えられた芸術あるいはその方法論ではなく、まだ見ぬ可能性に対して我々の考えうる方法をもって行動していきたいと思っている。そこに見えてくるものは、常に疑問であり質問である。それを行動によって表現しようとしているのである。ダンスにおいて理想などないのであろう。ダンスは単純ではない。しかし単純になりうる。そして再び複雑になる。大切なのは明確さである。明らかな問いかけが力をもつ。「美の新しい形」を求める理念の内側からでた「明らかに溶ける空気」という光や身体や線や時間や意味が溶ける形が見えてくる、いや見えなくなる。

勅使川原三郎 Saburo TESHIGAWARA

saburo teshigawara

クラシックバレエを学んだ後、1981年より独自の創作活動を開始。1985年、宮田佳と共に KARASを結成し、既存のダンスの枠組みではとらえられない新しい表現を追及。類まれな造形感覚を持って舞台美術、照明デザイン、衣装、音楽構成も自ら手掛ける。光・音・空気・身体によって空間を質的に変化させ創造される、かつてない独創的な舞台作品は、ダンス界にとどまらず、あらゆるアートシーンに衝撃を与えるとともに高く評価され、国内のみならず欧米他、諸外国の主要なフェスティバルおよび劇場の招きにより多数の公演を行う。
自身のソロ作品、KARASとのグループ作品創作の他にも、パリオペラ座バレエ団、フランクフルトバレエ団、ネザーランド・ダンス・シアターT、バイエルン国立歌劇場バレエ団、ジュネーブバレエなどヨーロッパの一流バレエ団からの依頼で作品を創作。日本人振付家として初めての快挙であると同時に、国際的にも先駆的な存在である。
造形美術家としても、日本、ドイツ、フランス、オーストリアでインスタレーション作品が紹介され、1993年、1994年には映像作品「T-CITY」(1993)、「KESHIOKO」(1993)、「N-EVER PARA-DICE」(1994)を製作、今なおヨーロッパのフィルム・ダンス・フェスティバルから招聘依頼があいついでいる。近年の映像作品「Perspective Study vol.1」(2004)、「A Tale Of」(2005)は勅使川原の絶えない実験精神の一端をみせている。最新作「A Tale Of」は2006年ロンドンのICA(Institute of Contemporary Arts)において上映され、好評を得た。
またダンス教育に関しても独自の理念をもち、KARAS創設以前より常に継続してワークショップを行ない、現在に至るまで国内外で若手ダンサーの育成に力を注ぐ。1995年にはロンドンで1年間に及ぶ若者のための教育プロジェクトS.T.E.P.(Saburo Teshigawara Education Project)を設立、1999〜2000年にはS.T.E.P.2000を発足しロンドンとヘルシンキの共同企画公演「Flower Eyes」へと展開した。2005年8月にはニューキャッスルのダンス教育機関Dance Cityで10代前半から20代を対象にしたサマー・セミナー・ワークショップを開催、今後も当地での教育プロジェクトの継続を予定している。 その他、ローレックス メントー&プロトジェ アートプログラムのメントー(指導者)を委託され、1 年間(2004〜2005年)に渡り若手芸術家育成支援事業に関わった www.rolexmentorprotege.com 。 2006年度からは立教大学 現代心理学部 映像身体学科の専任教授に就任し、教育現場における新世代との創造活動にも熱い意欲を注いでいる。
その他にも執筆活動を行うなど、芸術表現の様々な局面で常に新たな可能性を切り開いていくアーティストとして、国際的な注目を集めている。

宮田 佳 Kei MIYATA

kei miyata

勅使川原三郎からダンスを学び、新しいダンスヴォキャブラリーを共に創り出し、勅使川原の初期の作品からKARASの全作品に出演。また主演作に「サラセン」「ボタンの心得」「Night Songs−夜誦」がある。その純粋なダンス・スタイルは他に類がない。「Absolute Zero」の勅使川原とのデュエットでは“息を呑むほど美しく傑出したダンス史上最高の瞬間を創造した”
(ドイツDie Welt紙)と絶賛される。
1985年にKARASを設立以来、全ての創作に勅使川原の芸術監督補として関わり、欧米の劇場、フェスティバルとの共同製作を手掛けるなど、東京と英国を拠点に、勅使川原三郎とKARASの芸術面と制作面の支柱となっている。バイエルン国立歌劇場バレエ団での「春の祭典」、パリ・オペラ座バレエ団での新作「AIR」では衣装を、 ネザーランド・ダンス・シアターTでの「Modulation」では衣装と選曲も担当。
特に英国では、英・独のミュージシャンによるコンピレーションCD「Absolute Zero」をリリース、近年ではバンドSANDとのコラボレーションなど、ミュージシャン/ ビジュアル・アーティストとの企画・製作も展開。 KARAS Europe代表。

佐東利穂子 Rihoko SATO

rihoko sato

15歳までイギリスとアメリカで育ち、ジムナスティックを学ぶ。 帰国後ダンスを始め、1995年からKARASワークショップに参加。1996年にKARASメンバーとなって以降、「I was Real-Documents」(1995)、「Light Behind Light」(2000)、 「Raj Packet-everything but Ravi」(、「Green(Raj PacketU改題)」、「Luminous」、「Bones in Pages」、「KAZAHANA」、「Scream and Whisper」などの勅使川原振付の全てのグループ作品に出演。近年では振付助手も務め、「KAZAHANA」ではソリストとして高く評価される。 2005年初演の「Scream and Whisper」では、共演のバスラフ・クーニェスとともに、仏・伊ダンス雑誌「Ballet 2000」の2005年度年間最優秀ダンサー賞を受賞。
「春の祭典」(バイエルン国立歌劇場バレエ団)「para-dice」、「VACANT」(ジュネーブ国立バレエ団)、「Modulation」(NDTT)、「AIR」(パリ・オペラ座バレエ団)ではダンス・ミストレスを務めた。
また、勅使川原の英国での教育プロジェクトS.T.E.P.(Saburo Teshigawara Education Project)、ニューカッスルでのKARASサマー・セミナー他でワークショップを行うなど、青少年のダンス教育にも積極的に取り組んでいる。

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