FRAGMENTS 勅使川原三郎ブログ

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新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
読者のみなさんにとって良い年でありますように。
健康でありますように。

去年をとても簡単に振り返りますと、ヴェニスでのパーセルのオペラ「ディドとエネアス」の演出、長期間の「ミロク」アメリカツアー、国内外「オブセッション」公演、ヨーロッパ「鏡と音楽」初公演、映画「A Boy Inside The Boy」のイタリアと日本での撮影、および編集、そして東京で「スキナーズ」の初演。とても充実した日々で、新たな視野が大きく開けました。

「スキナーズ」は私たちの為のみならず、今後のダンスにとって重要な作品である事を自覚しています。
私はダンスは常に大いなる基礎があるべきだと、ダンスを志してからずっと考えつづけてきました。単なる作品づくりがダンスではないという意味です。根源に何がありうるのかという問題です。
古典主義者ではない私は常に新作への思考を積み重ねていますが、日常的にはいかなる基礎を私たちは持ちうるのかを考え、身体的な試みを絶やしません。
手軽さや新しいという言葉が魅惑的に人を誘い、若い世代に手招きをする。惑わされていると気がつかずに精を出す。そういう空疎な動作が流行った時代はいつまで続くのでしょう。きっと今後も絶えないでしょう。私はそういう事を頭ごなしに批判しようとは思いません。なぜなら人間は考えにおいても行動においても自由だから。毒や麻酔薬は時として必要悪と言える。事実私は毒の無いものに魅力は感じません。しかし大事な基礎はそういうものの反対側にあると、私は考えています。
惑わされない強さこそ身につけなければならないのです。強力な基礎的本体があってこそ毒や危険を遊ぶことができる。これが私の芸術的精神です。強力な基礎、毒や麻酔薬、理想、反逆、信じる事、疑う力、、、疑う力無しにどうして美しいものを手に入れられるでしょうか。それは同時に信じる力の事でもあります。信じ、疑い、発見し、感じ、考える。
私たちは、現実を素手で掴む為にダンスをする。ダンスの基礎はなにか。現実から未来へ。現実は当然のことだが、過去を含む。過去を含まない現実は無い。そして私はダンスの事をこのように考える。「ダンスは未来に触れる為にある。その未来とは生命だ。生命には起源がある。」
ダンスの手法がより高次元を目指す精神が求められる。ダンスの基礎から高次の発想を可能にする技術論が求められる。
ダンスを簡単に踊る為には、困難に立ち向かう力が充実して初めて可能になるのです。それは難しく複雑なのです。なぜそうかと言えば、簡単になる為であり、率直になる為であり、実直である為であり、楽しむ為だからです。画一化した今のテレビ放送のような「表現の統制」に囚われない為でもあります。
とても長くなりましたが、「スキナーズ」というダンス作品が良いと思うのは、上記の事柄を実践していているからです。私は生き生きした気持ちで、私たちが行なった行動、つまり公演は、2010年に生まれた大事な生命だと考えます。今年2011年は、そのすでに始まった流れを絶やさず、その先のより良き準備の年にしたいと思っています。
「全ては結果ではなく準備だ。」これも私がずっと長年仲間に伝えてきた事です。
恐れず準備しよう。良い準備が私たちの行動をつなげてくれる。「つなぐ事」。「つなぐ事」がダンスの本質、動きの本質です。
「創作と基礎研究」、この二つは従来通り私たちの年間目標です。
いつものように、「これからこれから」

2011年1月 7日 20:12

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もう朝である。今日ルーアンに移動。
ぼくは自分の身体が何かできるのではないと考えると楽しい。それが単純で面白い。他人の身体のように面白い。他人の身体も自分の身体のようで面白い。それが一番面白いところだ。確かに言葉を上手に駆使できたら面白いだろう。言葉というより語るということ。語りをつくるということ。詩を書くことは世界を作ること?自分を世界から離して言葉によって世界を歪めること、ではないのか?詩人に必要な能力は人を騙す技術だ。それも大勢ではなくて一人の人間を徹底的に騙しまくること。

2010年11月15日 18:03

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カンチェリの曲で踊った。
カンチェリというグルジア人の作曲家の音楽は日本ではあまり耳にしない。ぼくがカンチェリの音楽を初めて知ったのは以前スウェーデンの写真家ヴァンセリウスさんを訪れた時、家の本棚にあったのを見つけて聴いた時だ。全くの偶然で。その後、今から2年くらい前にローマでの文学者との特別パフォーマンスの際に30分のその作品を踊った経験はあるが、いままで他が彼の作品をダンスに使用したというのを聞いたことがない。稀有な存在といえる作曲家である。
今回の新しい経験は、とてもダイナミックで変化に富んだ音楽と共にダンスの勉強になったといえるだろう。勉強と言ってはおかしいかもしれないが、長年やっているぼくのダンスがこれまでに力を蓄積してきたことを確かめることにもなったという意味も含めてだが。
以前カンチェリで踊ったと言っても演奏は録音だった。しかし今回は生演奏だ。100人をこえる人数のオーケストラによる演奏でこの音響的ボリュームは並み大抵ではなかった。3日前から劇場に入り照明を作り、ダンスとしての構成を綿密に確かめた。良い準備ができれば必ず良い舞台になるという確信は今回の公演でも明らかであった。33分の曲の中に強烈な音楽的メッセージが込められている。それをぼくは正面から格闘するように関わった。音楽への尊敬と準備してきた身体が、巨大な時間的エネルギーとぶつかり合い溶け合う大海の高波のような音響に積極的に飲み込まれる。音楽と化した身体と空気が互いのエネルギーの交換によって、それぞれが変容し巨大化し微小化して行く震動は1000をはるかこえる人々で埋め尽くされた広大な客席をすみずみまで細かく震わしていた。ぼくはその実感を大袈裟ではなく冷静に振り返ることができる。オーケストラや観客の人数の多さによってこの音楽やパフォーマンスが凄かったなどと主張したい訳ではない。そんなちっぽけなことではなく、身体と音楽の関わり方が表現いう次元においていかに多くの可能性を持っているかを強烈に感じ取ったという告白なのだ。
精神というと宗教や哲学など面倒な教条的なことと思う人がいまだにいるようだが、人間にとって精神の話ができないようでは生きている何かが足りないとぼくは考える。心理的な自己分析をそのまま表現しているものにぼくはガツンとしたショックを感じないのだ。逆に言うと心理分析には強い喜びがないのだ。作曲家や画家という専門家の仕事でなくとも人間の表現には強い意思が反映されるだろう。ここでぼくはアマチュア、素人の方が純粋で素晴らしいなどと甘いことを言いたいのではない。逆だ。精神は強烈な生命的な物質的存在になりうると実感したぼくの経験を言いたいのだ。つまり今回カンチェリの音楽によって、ぼくは身体が関わり積極的に受け取り表現への可能性という未知なるものを引き受ける精神を感じることができたのだ。それは不思議な感覚ではなく、実に軽やかな、それでいてとても重要なものだと思える。身体的に軽やかな、空間的に巨大なことなのである。
同時に今、ぼくは歴史とは何かをもう一度考えてみようと思う。ユダヤ系ロシア人の指揮者が率いるロシア交響楽団の演奏で旧ソ連から独立しいまだにロシア人への闘争心を隠し持つグルジア人作曲家の音楽で、フランスの北の街で日本人がソロで踊るということ。ぼくはこの公演プログラムに寄せた文章で、歴史的意味を表現するものではないと明言した。ぼくはこの曲が歴史と無関係であるとは書いていない。ただぼくのダンスは歴史的解釈によるものではない、その表現ではないと書いた。そして公演を終えてぼくが感じたものは、土と血の匂いだ。鉄の匂いだ。叫び泣く人々のこだまだ。虚しさよりも強烈な感情であり充満した思いだ。ぼくはそれらを無視する訳にいかない。それはロシアやグルジアの問題にかぎるわけにはいかない。ぼくが目にし、耳にしたことを思うことから先ずは逃げまいと自覚することから始めなければならないと感じた。
新たな一歩。新たな一歩は、どこにでもある。別に月や特別な場所に行かなくてもいいんだ。例えば音楽の中へ一歩踏み出す。ちゃんとグイと踏み出す。踵をついてたっぷり足の裏を時間をかけて踏みしめて指もたっぷり使って重心をかけて、指先をフワッと地面や床から離す。そうすれば、すぐに次のもう一歩が始まっているんだ!

2010年11月15日 17:25

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今、ぼくはニューヨークからバルセロナに移動しようとしています。リンカーンセンターフェスティバルでの「ミロク」三日間の公演を終えたところです。三日ともソールドアウトの盛況で、公演もとても良い出来でした。この「ミロク」という作品はまだまだ成長していきそうです。以前とは違う感覚をこの作品から生み出していると言えるでしょう。舞台では身体感覚のぎりぎり限界で踊っています。それが以前より出来るようになっているのです。自分を精一杯客観的に見るとして身体の自己制御という問題をすこしずつ進めているということなのかもしれません。ダンスが作品を作ったら終わりではなくて、全てはそこから始まり、その先がどこに向かうのかを知っている者はいないのです。どんなに知ったかぶりをしても駄目です。逆だからこそダンスは面白いのです。厳しいのです。感覚が技術を伴って初めて表現になるのですから、他人の目より厳しい自分への客観的視点が高度に観察力を持たなければ到底持続的な表現活動は可能ではありません。この春の北米とヨーロッパツアーは、「ミロク」、「オブセッション」そして「鏡と音楽」の三作品で成立しています。ソロ、デュエット、グループの三種類の出演者構成ですし、舞台構造、装置や音楽も異なるわけですが、出演者の舞台経験の違いも面白いのです。ダンスは常に次のまだ来ていない、来るべき瞬間へ向かう身体と精神の姿勢を問われるとも言えるわけですが、出演者の各個人が厳しく自己を客観視できなければ集団としての作品は構成されません。まだ十代のメンバーもいるKARASの稽古は常にそういう基本の個人の責任を問いかけます。それは指導する為ではなく、各自の自覚的発想、つまり想像力から生まれる客観性こそ大事なのだと問いとも言える課題を常々共有しています。難しく聴こえるかもしれませんが、十代の彼らでも研鑽を積めば理解出ることなのです。なぜなら全ては身体とともにある課題だからです。ダンスはそういう面白くも難しい問いを常に解いていくことなのです。
 
 灼熱の太陽の下、ニューヨークはすこし陽が影ると一挙に涼しく感じるのは東京のような湿気がないせいでしょう。「ミロク」の最終公演を終えると早速劇場の楽屋で、ワールドカップの決勝戦スペイン対オランダの途中経過をチェック。最近はWiFiが様々な所で使える。経過は後半で0-0。夕方の爽やかな空気を縫うように急いでホテルに戻りテレビをつける。その次の瞬間、スペインのイニエスタがゴール!やった?!!!イニエスタは大好きなプレイヤー。最高の技術と判断力、柔軟性と気転が利く、フェアプレーだし、全てが最高なのだ。いわゆる、幼児のような顔でオヤジのようでもある「赤ジさん」なところもとてもいい。そんなイニエスタがゴールを決めた後、ユニフォームを脱いで観客に向かって走った。下に着ていたシャツには去年試合中に死んでしまった友人へ向けて、君はいつもぼくたちと一緒だと書いてあったという。試合中にユニフォームを脱ぐとイエローカードだが、イニエスタは正しい行動をとったことになる。スペインが勝ったのでうれしいのとお腹が空いたので食事に出ると、劇場のすぐ近くのコロンバスサークルの噴水の広場ではすでにスペイン系の大勢の人々が勝利の雄叫あげて盛り上がっている。いろんな方向から増々人数が増えていくようだ。みんな赤いスペインのユニフォームを着て歌を歌い踊っている。いいなあ、さぞやうれしいんだろうな。ワールドカップ優勝なんてたまんないだろう!とぼくもなんとなく興奮して、本田や遠藤のゴールに飛び跳ねていたのを思い出す。ついさっきまで、近くの劇場で「ミロク」を踊っていたのが不思議に感じる。しかし空は再び爽やかに晴れ渡って夕方の空気が気持ちがいいし、最高の決勝戦いや楽日になったのだった。しばらく歩きたい気分になった。

 明日はまさに優勝したスペインへ向かう、それもバルセロナだ。さぞや盛り上がってるだろうと期待。公演するのは「鏡と音楽」で、去年の秋の初演以来で今回がヨーロッパ初演になる。ぼくがニューヨークに来ている間、東京では他のメンバーは暑い稽古場で大量の汗をかいていたことだろう。彼らに会うのも楽しみ、彼らのダンスを見るのも楽しみ、ぼくは佐東利穂子をはじめ彼らにはある意味で厳しいけど、ぼくはみんなのダンスが大好きなのだ。彼らが踊るのを見るのはとても楽しい。常にではないが、彼らの持っている才能を大いに買っている。初めに書いたように各自の自覚に全てはかかっている。FCバルセロナのカンテラという教育機関は十代前半から一貫した練習理念、技術や戦術の教育を行なっている。ワールドカップ優勝の主要メンバーのバルセロナの選手たちは皆このカンテラ出身である。面白い事にその機関の基本理念は、決勝で負けたオランダの元代表選手クライフがつくったと言われている。クライフはオランダからバルセロナに選手として移籍し、その後監督になった。バルセロナでは最高の尊敬とともに信頼されている。彼の知性と精神が世界のサッカーの手本になっているといって過言ではないだろう。
(元々ぼくはサッカーが大好きで、サッカーの事になると話すのも書くのも考えるのも止まらなくなってしまうのでこの辺で終わります。いつか、サッカーの事だけを書いてみたいと思います。今のぼくの考えや発想、そして表現に大きな影響を与えたサッカーはいつまでも魅力的です。ちなみにサッカーに限らずスポーツ全般が好きなのです。限界の厳しいところでぎりぎりに生きる人間が美しいからです。)

2010年7月15日 21:20

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前回書きましたがぼくは現在モントリオールにいます。この街を訪れるのは11年ぶりです。80年代末から90年代末まで大いに盛り上がった「ヌーベルダンス・フェスティバル」に毎回のように参加しました。そのフェスティバルは2年毎に開かれていて、面白い事に観客の投票があり、その年の1位のグループは無条件で再度フェスティバルに招待されるというシステムがありました。ぼくたちKARASは、1989年「石の花」で初登場し、なんとその最高得票を得て「プリ ド パブリック」という賞をいただき2年後にまた参加しました。その時は「DAH-DAH-SKO-DAH-DAH」を上演しましたが、再び同じ賞をもらい、再度招待されることになりました。95年には「NOIJECT」で参加し、なんと3度目の受賞をしました。そして99年には「I was Real-Documents」で参加しました。この作品も大いに受け入れられ評価も高かったのですが、その後はフェスティバル自体が終わりを告げました。
初めて参加した年には、観客賞なるものがあるのも知らず、ただ自分たちのダンスを精一杯やることしか頭にありませんでした。その年のフェスティバルはフランス特集で、読者のみなさんがよく知っているグループや振付家が参加していましたが、ほとんど無名の若いグループが受賞したのが大きな驚きだったようです。自分たちの為に開いたフェスティバルのはずが無名の奴らが来て、軽くさらっと賞を持って行ってしまったわけです。青色に塗った大小100個の石の間をガクガクバタバタと何百回もぶっ倒れつづけ、ステージで自転車を乗り回してはまたそのまま倒れ、ガラスを蹴散らし、揚げ句の果てには大きな石を床に叩き付けるダンサーたちの強烈な動きに度肝をぬかれたようでした。あれがダンスなのかと驚かれたわけです。
95年はベルギー特集で、プログラムにはみなさんご存知の名前がずらっと並んでいました。99年はフランクフルトバレエが参加していました。そのような国家や州などから巨額の援助を得ているヨーロッパの参加者に引けを取らずKARASは堂々と成果を積み上げてきました。
所謂コンテンポラリーダンスの元にはこの「ヌーベルダンス・フェスティバル」の影響があるのかもしれません。ぼくはその当時、欧米で多くのダンス、ダンススタイルを見ました。ですから、ぼくは「自分たちが到底彼らと同じではないし、そういうものたちと同一視してほしくない、されたくない」という強い気持ちがありました。そして常に自覚していた事は、ぼくたちしか出来ない事を実現しようという心意気です。自分たちの存在価値を自ら作り発見するのだという精神です。それは簡単な事ではありません。
当時ぼくたちは、すでにヨーロッパでも高く評価されていましたが、反対に反発のような評価や嫌味の言葉を直接言われた事もありました。初めて参加した時のフランスのある新聞は、「どうせトウキョウのへんな奴ら」と書き、「あんなのはダンスじゃない、君達は踊る必要なんかない」というダンサーもいました。ある時は嫉妬としか思われない言動もありました。ぼくは当時なんて彼らは古臭く保守的なんだと思っていました。しかしそれは初めの頃に限られます。KARASは年を重ねるごとにより深く広く受け入れられるようになりました。そして観客が常にぼくたちについていてくれました。ありがたいことです。歴史がないぼくたちのダンス表現が確実に認知されていくのを実感しました。そしてこの作業はつづけなければいけないと肝に銘じ、常に仲間に話しかけました。「これからだ。これからがぼくらの時代だ」と。モントリオールで勇気を得て、再びヨーロッパへ渡り、思い切り作品を作りつづけました。(もちろん東京でもコンスタントに公演をすることができましたが。)
すこし長くなりましたが、モントリオールがどういうところで、ぼくたちにどんな意味があるのかを書きました。
さて昨夜はこの街での「ミロク」初演でした。終演後は、スタンディングにわれるような拍手、大勢の男たちの大きなかけ声がつづき、盛大なカーテンコールによって初日を終えました。「ミロク」は2006年末に東京で初演し、その後数多くの海外ツアーに出ている作品ですが、昨夜また新たな「ミロク」が生まれたように思います。いつか東京で再演したい気持ちでいっぱいです。

2010年6月17日 15:30

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二ヶ月以上離れていたこのブログに帰ってきました。長い間のご無沙汰でした。
書けなかった理由は多忙を極めていたからです。
今日は久しぶりのご挨拶ということにします。
今ぼくはカナダのモントリオールにいます。「ミロク」の公演の為です。
空は青く広がっています。時間が多少ゆっくり動いているようです。

三月イタリア,ヴェニスのフェニーチェ劇場でのオペラ「ダイドとエネアス」と新作ダンスの初演を大きな成果(後日詳しく書きたいと思います)とともに終えた後、スウェーデンでは極北のキルナという街から更に北上したところにある「アイスホテル」で「アイスシアター」つまり「氷の劇場」を二年後に作る際に公演をしようという計画があり、そのうち合わせに行きました。
その後、ドイツでは今後の公演の技術打ち合わせを行い、再びイタリアに戻り、今年の夏に撮影する短編映画のロケハンに行きました。この短編映画は現在準備が進行中で、これについても今後おいおい書きたいと思います。
四月中旬から五月初旬までは、「ミロク」の北米ツアーがありました。とても有意義な公演でした。「ミロク」は作品としてますます成長しています。
帰国してすぐに、去年フランスで初演した「オブセッション」の渋谷シアターコクーンでの日本初演の準備に入りました。ライヴで演奏するバイオリニストのファニークラマジランさんが来日し集中した良い稽古がつづきました。
「オブセッション」は新たな方向性を提示したという評価なども頂きとても充実した良い公演ができました。そして六月になり兵庫県立芸術文化センターで「オブセッション」を再演しました。
その三日後の昨日モントリオールに着き、今こうして書いているところです。

 本当に大雑把にざっと書きましたが、三月から現在の六月に至るまで様々な事が起こり、新たな素晴らしい出会いが数多くありました。
今後のプロジェクトが楽しみでしかたありません。
その事について是非これから落ち着いて書き記したいと思います。
あまりに多くの事が進行していて、怒濤のような日々ですが、なによりきちんとした目的があるプロジェクトの実行は楽しいものです。そしてまたまだ立ち上げまでいくつかの段階を準備しなければならない計画もとても楽しみです。
今、まず久しぶりのご挨拶という気持ちを表したいと思いました。
今後もどうぞよろしくおつき合いください。
                                 
                               勅使川原三郎
                         2010年6月9日

大きな空、雲が広がり同じだけ青空も大きくなっているような、
ホテルの真下の広場ではロックコンサートの準備が進んでいる、
三カ所もステージが組まれ巨大なスピーカーが置かれている。
さぞや大音量になることだろう。

2010年6月14日 16:30

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朝から[Dido]の照明直し。セットを変えてようやく [Le Rire] の照明つくりの時間だと思ったが、なかなかセットが変らず時間だけが過ぎていく。みんな困っていらいら、私はこういう時は冷静に仕切らなければならない。午後3時のゲネプロが迫ってくる。冷静に冷静にと言い聞かせる。
ようやくセットが変わりダンス作品に移れる。しかし全く初めてのシューティングだ。取りあえず昨日考えた照明プランを伝えてセルジオがオペレーターと打ち込みをし、舞台で待っているKARASのダンサーたち、サトー、エリ、リイチ、ナナ、ナイル(そして今はここにいる私)が即興的に動く。
彼らはいつも厳しく鍛えられているからできるようなものの、普通は到底不可能な技だろう。わずかな時間しか与えられていないステージでの新作の準備。こんなの決して在り得ない。しかしこれがその時我々に与えられた現実。
初めの照明変化の順番が良くないことを察知した私は、即座に間髪入れずに変更する。まわりのスタッフは目が点で限界を超えた不安顔。でも長年私と仕事をしているセルジオは全く冷静に変更を加える。これが仕事というものだ。頼んでもう一度だけ照明確認の15分をもらい目で確認して「よし!これでいっちょ立ってやるぜ!」と気合いを入れる私。というかそれ以外にやりようがない。が!それが仕事というもんだ!まわりの顔を見ながら、私は全く不安ではなかった。これが私のやり方だし、これで生きてきたんだから。なんていうこたあねえってんだ!
ダンス作品から始めるゲネプロには観客が満員だ。本番通りの公演前の段取りを組んで緊張が高まる。仲間たちもこの時とばかりいい感じに静けさをもって臨んでいる。よし、これでできる、と常に冷静な私。ダンス作品の衣装を着てみんな舞台に集まっている。 
その時、突然舞台監督が始めるぞと言いに来た。冷静に「あと2分後だ」と伝える。彼らも準備よし、気合いが入っているぞと安心する私は、ま、なんとかなるだろうと気楽に身体をほぐす。2分も経ってないのに、では始めましょう的に来たから、いいよ、行くぜ!とOKを出すと暗転。ファイアーカーテン舞台前にある鉄製の安全壁が上がる・・・。
ピカピカと危険防止のランプが点滅しながらゆっくり鉄のカーテンが上がっていくのを後ろ向きに板付いている(暗い舞台上にすでにポジション取りをしている状態)私は、初めの照明と音を待つ。バスッ!パッ!と音と明りが点いた、さあ始まった。我々は激しく身体全身を振るわせ折り曲げ弛め走り歩き倒れ飛び硬直し溶け光の中に終わりのない動きをつづけ、ラストのライトから暗転。
激しい拍手。堂々たるダンス。堂々たるカーテ ンコール。つづくオペラはそれにも増して素晴らしいゲネプロになった。初日を終えたわけではないが、間違いなく二つのとても良い作品を作り公演することができると確信した。明日は気を引き締めて最善を尽くし最高の舞台を実現するのだ。

2010年3月31日 15:39

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今日はイタリア全土のストライキで劇場にはテクニシャンは来ず、予定されていたゲネプロの一つ前の総合リハーサルが中止になって、その代わり私たちは稽古場で、照明テクニシャンのセルジオ(常に行動を共にしているブラジル人)と修正点を綿密に打ち合わせすることができた。そして熱心なソリストの歌手、クリスチャンが休みなったはずだが、稽古場に来て舞台上の動きなどを共通理解することができて良かった。その後は久しぶりの晴れの日なのに一歩も外に出ず、夜10時まで稽古した。ダンス作品の準備だ。
明日は早朝から、今日明確になった点を正してゲネプロに備える。多くの客が観に来るようだ。着々と準備する事がなにより必要なのだ。まだまだ本番までは一日ある。慌てることはない。じっくりとした目で見れば、修正点が見えてくる。きちんとした落ち着いた目が新たな何かを見いだすのだ。
私はこういう緊張感が張りつめた時が最も好きな時間といえるかもしれない。一番追い込まれる時、自分が最も欲しているものが見えてくる。それが判断になり言葉になり、当然行動になる。事実が積み上げられる瞬間だ。
いままで見たことがない何かを目にし、聴くもの見るもの、そして空間を振るわす振動を全身で感じる時が来る。どんなに微細であっても感じたものは澄んだ剥き身の身体に引きつけられる。私は初めてのなにかを感じたい。予兆がありそうでいて、私の気持ちはそれを拒否する。

2010年3月31日 15:36

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長い長いリハーサルの日だった。[Dido]を午前と午後リハをして、夜はダンス作品[LeRire]の照明作りとリハ。なんて長い一日。そうです、これが私の仕事です。[Dido]の後いろんなひとが、とても良かった、おめでとう、ありがとう、誇りに思うなどいろいろ話しかけてくる。
劇場では公演準備や出演者の問題など様々な問題が起こり解決に苦心する事が多く、ある者は始終文句を言っているが、別に誰が悪いわけでもないのだ。これが我々の仕事なのだ。
私は特定のだれかを悪者にするのが嫌だ。私たちは現実が目の前にあるのだから、ここで最善を尽くし問題を覆す術を新たに持つべきだと考える。良い事をする為に様々な人間が集まっているのだから、難しい問題を解決可能な事として冷静に見て判断しなければいけない。とにかく進まなければならないのだ。現実的には、 より良くなっている過程を確かに歩んでいるのを確認することだ。
明日も午前からロッジョーネ(稽古場の名前)で稽古だ。必ず全ての舞台技術の進行を決めてすっきりとゲネ(本番と全く同じ状態の公開稽古)に向かう。ダンス作品も鋭く感受性を揺さぶる面白い作品になりそうだ。

2010年3月31日 15:34

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オペラのリハーサルは順調に進んでいます。初日前の一週間、この時期からの舞台稽古は公演に参加する誰もが特別なエネルギーを発揮しなければなりません。 たった今、創作の現場で浮かんだ気持ちを大急ぎで書きます。
物を作る事、創作する時、常にひとは孤独だとだれかが語ったそんな言葉を聞いた事がありますが、私にとってそれはなんの意味もありません。ダンスの場合、そこにかかわる全員がより良いものを発見して舞台上で表現にまで高めることができる質を常に求めていなければ、作業が成立しないからです。それは、孤独とはかけ離れた作業なのです。
私は舞台上に私的な夢など持ち込まないし、冷静に事実を積み上げる仕事しかしないのです。夢はその時に綿密に積み上げられた作業によって舞台上で表わされるべきものです。現場にはなんの力みも見栄も入り込む余地はなく、自分にとっての、などという中途半端な遠回しの迷いさえあってはなりません。明確な意志と強い問いかけの精神と決断力がなければ何も実現しません。見えなかった形を、視覚だけでなくあらゆる感覚を動員して、ある形に変える事が表現というものです。
見えないものを見えるようにするという単なる置き換えのような事を言っているのではありません。
見えないものはあるべきですし、その見えない世界こそが見えてくる現実を支えているとも考えるのです。
具体的に何がそこで起こっていて、何が起こりうるのか、そこはどんな場所で、どういう空間が事実として息づいているのかを見極めることが重要です。
 「事実」、忍耐といってよい現実、虚無とは違った次元の事実がどんなに力をこめても進まないように見える時、私はそれを全身で受け止め、相撲力士のがっぷり四つに組むという五分と五分という状態に押しつつも引かず引きつけながら強引に押しつづける。
耐えるとはそういう事かもしれないのですが、突破したいという欲望だけでは創作の現実は何も動きません。だから夢など見る暇がないほど気を張りつづけているともいえます。しかしその張りつめ方が、体力より精神の働き掛けともいえる充実感が、全身に満たされるのです。  

2010年3月31日 15:30

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