2019年11月30日

私は昨日ヨーロッパから帰国しました。
渡欧中の雨っぽい天候から一転、快晴の日本晴れが新鮮。
「雲のなごり」からアパラタスの「沈黙の木霊」公演後、私と佐東利穂子はフランスとイタリアで「トリスタンとイゾルデ」公演を行いました。各地での素晴らしい公演を終えて、最終公演地サンクトぺテルスブルグ(ロシア)に移動しました。到着した夜の気温はマイナス7度で、当地の人はまだ秋で冬はこれからですよっと涼しい顔、寒がる私が見たのはすでに凍って動きを止めている川で、歩道も氷のように凍っていました。
今回、私が最も興味深く楽しみにしていたのは、この街で生まれたと言えるドストエフスキーの小説「白痴」をもとに創作したダンス作品「白痴」の上演です。開演直前の幕の裏で、私と共演の佐東利穂子はわくわくしながら冷えないように身体を軽く動かす、幕の向こう側には観客のざわつきがどんどん増えつづける、どんな観客だろう、難しい人々か、、ロシア人の登場人物の小説を日本人たちが踊る。期待と疑問が私の中にはあった。
開演、ショスタコーヴィッチの音楽や激しいノイズ、ロック、、奇妙でエレガントなダンスや細かい身体の動きの表現が展開する、壮大なワルツから悪夢的場面を変えて我々は激しく生き生きと踊り、、静かなナスターシャの死、そして孤独なムイシュキンの佇み、暗転。暗闇の向こうからさざ波のように拍手が押し寄せる。静かに始まり徐々に大きく、そして劇場全体が熱狂的な拍手と歓声で溢れる。何回も呼び出されてお辞儀をする二人に暖かい、いや熱い反応が直接ぶつけられるように投げかけられる。と、間があってドーン!
えっ、何?無数のカーネーションが舞台の隅から隅まで天井から振り落とされたのだ。一瞬何が起こったかわからなかった。美しく愛らしい赤いカーネーションで溢れる舞台、花を踏まないように舞台前に呼び出されてまた何度もアプローズ。主催者側からの我々への空からびっくり素敵な贈り物、終演。
公演後には何人もの観客から感激して涙が出ましたと声をかけられ、他にも多くの観客が涙を流していたそうです。荻窪のアパラタスで生まれた「白痴」は、ロシアで、小説の地元の方々に確かに受け入れられたのだと感じました。
普段はサンクトぺテルスブルグの観客は冷やからしいのですが、この公演は違って、皆さんは深く作品内容に感激しているのですと芸術監督が語っていました。私たちはとても充実した、そして幸せな気持ちになりました。仕事は丁寧にしなくてはいけない。良い準備があって初めて良い結果を出すことができる。気を抜かずに正々堂々と目的に立ち向かう。これら常に心がけようと努めていることが実践できたのだと私たちは実感しました。それがこれからもあるべき仕事への私たちの身体の内と外にある平常心なのです。丁寧に大切に、そしていさぎよく。上に書いたことは、実はフランスやイタリアで公演した「トリスタンとイゾルデ」の公演にもあったことなのです。本当に多くの観客の方々に盛大に受け入れられ深く感じていただきました。終演後のブラボーなどのかけ声とともにありがとうという声を聞いたときは、こちらもありがとうという気持ちになりました。劇場に起こる尊敬と感謝、素敵な関係でした。

                             勅使川原三郎
                        [メールマガジンNo.1494より]

パーマリンク